― 2008.02.07 ―

出発まで
個人で行くか、バスツアーで行くか、悩みに悩み・・・プライベートツアーを手配することに決めました。というのも、個人の場合、電車の時間や移動など事前に調べなければならないことがあってちょっと面倒だし、バスツアーの場合、私が行きたい場所に行ってくれるのがなかったのです。で、日本語ガイド付きの安いプライベートツアーを探し手配したのですが・・・ネットで予約をした以来、音沙汰なし。。。前日の夕方に連絡をとったら、まだガイドが決まってない!と。不安〜。決まり次第連絡をする!というので連絡を待つこと数時間・・・ガイドさんから電話がかかってきました!が、日本語がよくわからない〜!しかも、どこのホテル?って、基本情報が伝わってない〜!
たくさんの不安を抱えながら、カンチャナブリの旅はスタートしたのです♪

am07:30(出発)

ちゃんと迎えが来てくれるか心配だったけど、時間前にはロビーに到着しました!と連絡がはいり一安心。時間までもう少しあるから待ってて!と、私は朝食用のおにぎりを準備です。
                       
最近、プチ旅行に行く時は、お弁当持参することが多いんです。なんかワクワクするでしょ?

am10:00頃
カンチャナブリに到着したようです!
申込みの時点で、行きたい場所を全部伝えておいたのですが、ガイドさんは勝手にスケジュールを変更。最初に到着したのはカンチャナブリ連合軍墓地でした。

カンチャナブリ連合軍墓地
第2次世界大戦中に死去した6982名の連合軍捕虜犠牲者が埋葬されています。
墓石には役職や名前、年齢が刻まれていたのですが、その犠牲になった人々の年齢に愕然としました。ほとんどが20代〜30代の若者だったのです。夢も希望も絶たれた人々の無念の思いが、この悲しくも美しい墓地の中で眠っているのかと思うと、、、やりきれないですね。
              

第2次世界大戦博物館
ホントは慰霊塔へ行きたかったのですが、次に連れてこられたのは戦争博物館でした。確かに重要な場所ではあると思いますが、タイ人に案内されるのは・・・と、正直抵抗がありました。
この博物館には日本軍の機関車や、クウェー川鉄橋工事の様子などが展示され、クウェー川鉄橋が爆撃により破壊された様子を復元した模型や、日本軍が牢獄として使用していた貨車、大戦当時に使用された爆弾、当時の人々の手記なども展示されております。

クウェー川鉄橋
少し重い雰囲気になりましたが、観光は続きます!
                       
第2次世界大戦中、日本軍が敷設した泰緬鉄道が通るクウェー・ヤイ川に架けられた橋で、『戦場に架ける橋』の舞台になった場所です。この橋、歩いてわたることが出来るのですが、下が見えて怖い・・・です。
              
半分以上歩いたところで折り返してきました。そろそろ列車に乗る時間なのかな?ガイドさんに最初に聞いていた10:50発の電車に乗るというスケジュール、とっくに時間過ぎています。電車は時間に来るものではなく、来た電車に乗る・・・みたいです。
どこで電車のチケットを買うのかと思ったら、怪しげなタイ人のもとへ。3等席の切符を買おうとしたのですが、あまりに人が多いので座れるのか不安。ここから1時間以上列車に乗るので、状況を確認したいのですが、ガイドさん・・・日本語通じなすぎ。3等席でも座れる?とタイ語で聞くと、座れる!人いっぱい!日本語でもタイ語でも話がかみ合わない・・・。もう列車は入ってきてるし、列車をのぞくとやっぱり人がいっぱい!もうVIP席でいいから!とチケット購入。大急ぎでVIP車両へと向かいます。VIP車両と名前はついているけれど、観光客用の指定席なだけで、エアコンはないし、特別な席って訳ではありません。でも、普通の3等席をのぞいてみると、ほとんど埋まっていたのでこちらにして正解でした。
さっきの怪しげなチケット売りのタイ人も乗車していて、車掌さんに観光客やガイドさんから徴収したお金を渡していたので、あれはあれで職業なんでしょうね〜。
              
ついさっき歩いてわたったクウェー川鉄橋を今度は電車で渡ります。発車までずっとバタバタしていたので、駅の風景とか列車とか撮影できませんでした。残念。列車の中はとってもシンプルです。木の座席に扇風機、これは3等車もVIP席も同じです。ただ、VIP席に座っているのはほとんどがガイド付きのツアー客ですね。

そして列車は時速を下げ、最大の難関場所へと向かいます。
                 

アルヒル桟道橋
先ほどチケットを購入する際に、もう1つ問題になったのが景色です。列車の右側と左側、どっちの景色がいいの?と何度も確認したのです。ガイドさんよりチケット売りの人が左だよ!と座席の指定券を渡してくれたのですが、、、これは正解でした!いや、正解かどうかは人によります。というのは、、、このアルヒル桟道橋を列車が走るとき、左側にはゆるやかな流れのクウェー川、右側には敷設時に爆破した岩壁が数十センチのところに!
                 
凄い景色です。私は左側の窓際で写真を撮影しているのですが、右側の岩壁が列車に迫ってくる感じがします。対照的に左側からの景色はホントに素晴らしいものでした。この穏やかな流れのクウェー川も、悲惨な歴史の証人なんですよね。
                 

タム・クラッセ駅
アルヒル桟道橋を過ぎると、タム・クラッセ駅に到着です。私たちはここで列車を降り、今度は歩いてアルヒル桟道橋へ!
                 

              
手すりも何もない線路を一歩づつ慎重に歩いて行きます。足元はというと、やはり下が見えている状態。岩壁を触れるところまで歩き、引き返してきました。

Lunch
この列車に乗り、タム・クラッセ駅で降りたほとんどの人がここで食事をとるのではないでしょうか・・・というくらい観光客でいっぱいのレストラン。ビュッフェスタイルなのですが、料理は・・・かな。
でも、クウェー川沿いに建っていて、レストランからの眺めは最高です!最初奥まった席に通されたのですが、お願いして景色の良い席に移動させてもらいました。
                       

エラワン国立公園(入場料200B)
私たちがバスツアーを利用しなかった理由、それはエラワン国立公園へ行きたかったからです。
タム・クラッセ駅から北へ車で1時間くらいのところにエラワン国立公園があります。今回の旅には列車に乗る他に、滝を見るという目的があったのです!気合を入れなおし滝へ挑む私たち!その気合の理由(ワケ)は・・・。
                       
そう、広大な敷地のエラワン国立公園、滝へ行くには険しい(?)山を歩いていかなければならないのです。全長1500mのエラワンの滝は、7段階の滝に分かれていて、その滝を目指してのトレッキングとなります。靴をサンダルからスニーカーに履き替え、準備は万端!
                       
公園内の滝の案内図があったのですが、無事に滝に辿り着くか心配です・・・。

第1、第2の滝へは比較的すぐに辿り着きました。第2の滝までは飲み物や食べ物の持込が可能なので、水辺にゴザを敷き、木陰で休んだり、水遊びをしたりと思い思いの休日を過ごすタイ人の姿が多くみられました。
                 
第2の滝を過ぎると、チェックポイントがあり、飲食類はそこに置いていかなければなりません。これから山道を歩くのに水がないなんて・・・。とは思いましたが、ゴミの落ちていない山道って素晴らしく気持ちが良かったです。(実際はデポジットを払い持ち込むことは出来たようです。そのペットボトルを必ず持ち帰ってくるという約束で)

歩いている途中にも滝がたくさんあったので、どれが何番の滝だかよくわからくなりました。
              
先に進むにつれ道が険しくなってきます。第4の滝の手前でガイドさんがギブアップ!ガイドさんもはじめて訪れたらしく、結構楽しんでいたのだけどね。
                 
第4の滝、とっても綺麗でした。上に進むにつれ、水がどんどん澄んでくる気がします。
              
あまりに疲れていたので、遊び心や気分転換も必要です♪

ようやく第5の滝に辿り着きました。ここまではイチオウ道らしきものがあったのですが・・・。
                 
道なき道に呆然としていたら、この岩の向こうから人が降りてきました!この先に第6の滝があるのか聞いてみると、確かにこの先に第6の滝があるようですが、そこへ行くにはこの道なき道を進まなければならないようです。残念ですが、ここで断念!

という訳で、第5の滝で遊ぶことにしましたー!
                 

          
滝つぼの水は相当冷たかったようです。っていうか、この辺り太陽の光が届かないため、空気もひんやりと気持ちが良かったです。水もとっても綺麗で、魚もたくさん泳いでいました。

とりあえず第5の滝まで制覇しましたが、乾季の為水の量は少なかったように思います。でも、これほど空気の澄んだ場所ってバンコクには絶対にないので、久々の森林浴を存分に楽しむことができました。滝もいっぱいあったし、マイナスイオンもを浴びることもできたかな♪

帰路につく
エラワン国立公園を出発したのは4時半頃だったでしょうか。何気に2時間半近く滝めぐりをしていたみたいです。どうりで疲れた訳です。
それより帰りはホント悲惨でした。もともと体調があまりよくなかったのですが、さらに車酔い!最悪です。どうにか我慢して家まで辿り着いたのは8時近く。バンコク市内で渋滞にはまり、家が見えてからが長かったです。最後の最後でぐったりでした。


観光を終え・・・<泰緬鉄道の歴史>
今は観光地として有名ですが、その歴史は悲惨で残酷な戦争の証人といえるでしょう。
戦争の話なので、主観なしにお話をすすめたいと思います。
泰緬鉄道は大東亜戦争のものとに、イギリスから独立させたビルマ(ミャンマー)への物資輸送ルートを確保するために1942年に建設が開始されました。建設には戦争捕虜や現地労働者を大量に投入し、タイ、ビルマ(ミャンマー)の両側から建設が開始されたのです。建設現場は劣悪な環境で、食糧不足からくる栄養失調、医薬品の不足、コレラやマラリアなどの伝染病、そして日本軍による虐待などにより多くの人々が犠牲になりました。雨季により物資の供給が途絶えた泰緬鉄道では、履く靴さえなく裸足で作業する為、怪我をしたところが熱帯性潰瘍になり肉が腐っていき、医薬品もないため苦痛の中死んで行った人々も・・・。また、断崖絶壁での作業ではさらに多くの犠牲者を出し、翌年の10月には完成に至ったのです。
そして更なる悲劇・・・日本軍は連合軍の攻撃を避ける手段として、橋の上に捕虜を立たせたのです。それでも連合軍は攻撃をやめず、多くの捕虜達がその爆撃に死んでゆき、クウェー川を真っ赤に染めたそうです。その時の手記が第2次世界大戦博物館に展示されています。
私自身、ほとんど知識はありませんでした。今回の旅がきっかけで、こういった歴史を知る機会を得たことに感謝します。耳をふさぎたくなるような悲惨な歴史ではありますが、日本人として知っておくべき事実だと思いました。